大動脈弁狭窄症では長年、 「症状が現れるまでは慎重に経過観察する」 という考え方が中心でした。 しかし近年、無症候性の重症大動脈弁狭窄症に対する 早期治療のエビデンスが蓄積し、 治療を検討するタイミングは大きく変わり始めています。
2026年時点で重要なのは、 「重症の大動脈弁狭窄症でも症状がなければ 必ず経過観察」という考え方ではなくなってきた ことです。
2025年ESC/EACTS弁膜症ガイドラインでは、 無症候性でLVEFが保たれている 重症・高圧較差大動脈弁狭窄症でも、 手技リスクが低い場合には、 厳密な経過観察に代わる選択肢として 早期介入を検討できることが示されています。 [1]
EARLY TAVR試験では、 無症候性重症ASに対する早期TAVIと経過観察を比較し、 死亡・脳卒中・予定外の心血管入院の複合評価項目は TAVI群26.8%、経過観察群45.3%でした。 [2]
さらに2026年6月には、 SAPIEN 3について 無症候性重症大動脈弁狭窄症への 国内追加適応承認取得が発表されています。 [3]
自覚症状がなくても、 心臓への負担や弁狭窄が 進行している場合があります。
Vmax、平均圧較差、LVEF、 BNP、弁石灰化、 病気の進行速度などを確認します。
弁の形態、冠動脈、併存疾患、 将来の再治療まで含めて考えます。
大動脈弁狭窄症の基礎記事はこちら
- 2026年、大動脈弁狭窄症の治療は何が変わった?
- なぜ「無症状」でも治療を考えることがある?
- 2025年最新ガイドラインでは どのような場合に治療を考える?
- 「本当に無症状か」を見極めることが重要
- EARLY TAVR試験で何がわかった?
- 2026年、日本でも 無症候性重症ASのTAVI適応が拡大
- TAVIとSAVRはどう選ぶ?
- TAVIの長期成績はどこまでわかっている?
- 若い患者ほど「次の治療」まで考える
- 圧較差が低くても 重症大動脈弁狭窄症のことがある
- 経過観察になった場合も 「何もしない」わけではない
- 次の診察で確認したいポイント
- まとめ
- 大動脈弁狭窄症の最新治療について よくある質問
- 専門用語をやさしく解説
- 心疾患情報 執筆・監修者
- 参考文献・最新ガイドライン
2026年、大動脈弁狭窄症の治療は何が変わった?
従来、無症候性の重症大動脈弁狭窄症では、 心機能が保たれていれば 定期的な心エコーと診察を続け、 症状が出現した時点で 大動脈弁置換術を検討する方法が一般的でした。
しかし近年は、 症状が現れるまで待つことで 心臓の筋肉に不可逆的な変化が 進んでしまう患者さんがいるのではないか、 という点が重視されています。
2025年ESC/EACTSガイドラインでは、 複数の臨床試験を踏まえ、 無症候性重症ASに対して 従来より早期介入を積極的に検討する方向 が示されました。 [1]
なぜ「無症状」でも治療を考えることがある?
大動脈弁狭窄症における 「無症状」は、 必ずしも 「心臓への影響がない」 という意味ではありません。
高齢者では、 息切れや疲れやすさを 「年齢のため」と考えてしまうことがあります。
また、 本人が無意識に歩く距離や速度を減らしているため、 症状が起きない生活になっていることもあります。
そのため、 重症ASでは 自覚症状だけではなく、 心エコーや運動負荷試験などを用いて 実際の状態を評価することが重要です。
2025年最新ガイドラインでは どのような場合に治療を考える?
2025年ESC/EACTS弁膜症ガイドラインでは、 無症候性重症ASについて、 次のような項目が 治療時期を判断する材料として挙げられています。 [1]
LVEFが50%未満 で、 他に原因がない場合は 弁への介入が推奨されます。
最大血流速度 Vmax >5.0m/s または平均圧較差 60mmHg以上 は、 早期治療を考える重要な所見です。
高度な弁石灰化があり、 Vmaxが 年間0.3m/s以上増加 する場合には、 急速な進行を示唆します。
BNPまたはNT-proBNPが、 年齢・性別を補正した正常上限の 3倍を超えて繰り返し高値 となり、 他に原因がない場合も リスク所見になります。
LVEFが50%以上でも 55%未満 まで低下しており、 他の原因がない場合には、 より早い介入を検討する材料となります。
運動中に症状が出現した場合や、 収縮期血圧が 20mmHgを超えて低下 する場合などは 治療介入を考える材料となります。
EARLY TAVR試験で何がわかった?
無症候性重症ASに対する治療方針を考えるうえで、 大きな転換点となった研究が EARLY TAVR試験 です。
この試験では、 無症候性重症大動脈弁狭窄症の患者901例が、 早期TAVI群455例と 経過観察群446例に割り付けられました。 [2]
中央追跡期間3.8年。 ハザード比0.50、 95%信頼区間0.40~0.63、 P<0.001。
個別イベントでは、 死亡がTAVI群8.4%、 経過観察群9.2%、 脳卒中が4.2%対6.7%でした。
特に大きな差がみられたのは 予定外の心血管入院 で、 TAVI群20.9%に対し 経過観察群41.7%でした。 [2]
また中央値3.8年間の追跡中に、 経過観察群の 87.0% が最終的に大動脈弁置換術を受けています。
2026年、日本でも 無症候性重症ASのTAVI適応が拡大
2026年6月、 TAVI用生体弁 「エドワーズ サピエン3」 について、 無症候性重症大動脈弁狭窄症への 国内追加適応承認取得が発表されました。 [3]
これにより日本でも、 「明らかな息切れや胸痛が出るまで待つ」 だけではなく、 病気の重症度や進行リスクを評価したうえで、 症状が明確になる前から TAVIを治療選択肢として検討できる範囲が 広がっています。
TAVIとSAVRはどう選ぶ?
大動脈弁置換には、 カテーテルを使う TAVIと、 外科手術で人工弁へ置換する SAVR があります。
現在は 「手術リスクが高いからTAVI」 という単純な選択ではありません。
| 判断要素 | TAVIが選ばれやすい要素 | SAVRが選ばれやすい要素 |
|---|---|---|
| 年齢 | 高齢者 | 比較的若い患者 |
| 身体への負担 | 低侵襲・早期回復を重視 | 外科手術に耐えられる |
| 弁形態 | TAVIに適した解剖 | 二尖弁など外科手術が適する場合 |
| 他の心臓手術 | 原則単独の弁治療 | CABGや大動脈手術を同時に行う場合 |
| 将来の再治療 | Valve-in-Valveなどを考えやすい場合 | 長期間のLifetime Managementを重視する場合 |
| 冠動脈アクセス | 将来の冠動脈治療に問題が少ない場合 | TAVI後の冠動脈アクセスが難しくなる場合 |
2025年ESC/EACTSガイドラインでは、 三尖弁のASで 解剖学的にTAVIが適している場合、 70歳以上ではTAVI が推奨されています。
一方、 70歳未満で外科手術リスクが低い場合にはSAVR が推奨されています。 [1]
TAVI・SAVRの基本については、 下記の記事でも解説しています。
TAVIの長期成績はどこまでわかっている?
TAVIの適応が 低手術リスク患者へ広がるにつれ、 重要になっているのが 人工弁の長期耐久性 です。
PARTNER 3試験の7年追跡では、 低手術リスクの症候性重症AS患者で、 TAVIとSAVRの長期成績が比較されました。 [4]
両群間に統計学的に有意な差は認められませんでした。
7年時点の生体弁不全は、 TAVI群6.9%、 SAVR群7.5%でした。 [4]
若い患者ほど「次の治療」まで考える
大動脈弁狭窄症では、 目の前の1回の治療だけでなく、 生涯に何回の弁治療が必要になる可能性があるか まで考える Lifetime Managementが重要になっています。
比較的若い患者さんで 最初にTAVIを選択した場合、 将来生体弁が劣化したときに Valve-in-Valveが可能か、 冠動脈へ再びカテーテルを入れられるかなどを 最初の治療前から考える必要があります。
圧較差が低くても 重症大動脈弁狭窄症のことがある
一般的には、 大動脈弁を通過する血流速度や 圧較差が高いほど ASは重症と判断されます。
しかし、 心臓から送り出される血液量が少ない患者さんでは、 実際には弁が高度に狭くても 血流速度や圧較差が十分に上がらない場合があります。
これを low-flow, low-gradient AS と呼びます。
このような症例では、 必要に応じて ドブタミン負荷心エコーや CTによる大動脈弁石灰化スコアなどを用いて 真の重症ASかどうかを確認します。
経過観察になった場合も 「何もしない」わけではない
早期介入のエビデンスが増えたからといって、 無症候性重症ASの全員が 直ちに治療対象になるわけではありません。
経過観察になった場合でも、 症状の確認と定期検査が重要です。
- 定期的な循環器内科受診
- 心エコーによるVmax・平均圧較差の確認
- LVEFの確認
- 前回検査との比較
- 息切れ・胸痛・失神の有無
- 必要に応じた運動負荷試験
- BNP・NT-proBNPの評価
- CTによる弁石灰化評価
次の診察で確認したいポイント
- 私の大動脈弁狭窄症は軽症・中等症・重症のどれですか?
- Vmaxは何m/sですか?
- 平均圧較差は何mmHgですか?
- 弁口面積はどのくらいですか?
- LVEFは何%ですか?
- 前回よりどの程度進行していますか?
- 運動負荷試験は必要ですか?
- CTで大動脈弁石灰化を調べる必要がありますか?
- BNPやNT-proBNPは上昇していますか?
- TAVIとSAVRのどちらが適していますか?
- 将来の再治療まで考えると、どの治療が適していますか?
まとめ
大動脈弁狭窄症の治療は、 「症状が出たら弁置換を行う」 という単純な考え方から変化しています。
無症候性重症ASでも、 LVEF、 Vmax、 平均圧較差、 進行速度、 BNP、 弁石灰化、 運動負荷試験などを用いて 早期治療を考えることがあります。
EARLY TAVR試験や 2026年の国内適応拡大によって、 「症状がないから待つ」 だけでなく、 「心臓に不可逆的な変化が起こる前に 治療すべき患者を見極める」 ことが重要になっています。
一方で、 TAVIとSAVRの選択では 年齢だけでなく、 人工弁の耐久性、 冠動脈アクセス、 将来の再治療まで含めた 長期的な判断が必要です。
大動脈弁狭窄症の最新治療について よくある質問
大動脈弁狭窄症は無症状でも治療が必要ですか?
必ずしも必要ではありません。 ただし重症ASでは、 LVEF低下、 非常に高いVmaxや平均圧較差、 急速な進行、 高度な弁石灰化、 BNP・NT-proBNP高値などがある場合、 早期介入が検討されます。
無症状でもTAVIを受けることはできますか?
対象となる患者さんでは 選択肢となる場合があります。 2026年にはSAPIEN 3について、 無症候性重症大動脈弁狭窄症への 国内追加適応承認取得が発表されています。 実際の適応はHeart Teamで判断します。
TAVIと外科手術ではどちらが良いですか?
一律にどちらが優れているとはいえません。 年齢、 手術リスク、 弁の形態、 冠動脈、 他の心臓手術の必要性、 将来の再治療などを総合して判断します。
70歳以上なら必ずTAVIですか?
いいえ。 年齢は重要な判断材料ですが、 それだけで治療方法は決まりません。 フレイル、 解剖学的条件、 併存疾患、 予想される寿命、 患者さん本人の希望などを考慮します。
重症なのに心エコーの圧較差が低いことはありますか?
あります。 low-flow, low-gradient ASでは、 本当に重症でも血液量が少ないため 圧較差が十分に高くならない場合があります。 必要に応じて負荷心エコーや CTによる大動脈弁石灰化評価などを行います。
TAVIの人工弁は何年持ちますか?
個々の患者さんについて 一律に何年持つとは断定できません。 低手術リスク患者における7年追跡では TAVIとSAVRの弁不全率はともに低い結果でしたが、 若年患者で必要となる さらに長期の耐久性については 継続した検証が必要です。
中等度の大動脈弁狭窄症でもTAVIを受けた方がよいですか?
現時点では、 中等度ASだからという理由だけで 一律にTAVIを行うことは標準ではありません。 重症度、 心機能、 症状、 他の心疾患などを含めて判断します。
専門用語をやさしく解説
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大動脈弁狭窄症では、 「弁がどれくらい狭いか」と 「その狭さによって心臓がどれくらい影響を受けているか」 の両方を見ることが重要です。
心疾患情報 執筆・監修者
心疾患情報 執筆・監修
増田 将
株式会社増富 常務取締役
プロフィール
医療現場支援歴10年。 循環器領域を中心に、 カテーテル治療や心臓血管外科手術、 ステントグラフト内挿術などの 医療現場支援に携わっています。
- 循環器内科カテーテル治療支援: 3,000症例
- 心臓血管外科 弁膜症手術支援: 700症例
- ステントグラフト内挿術支援: 600症例
※症例数は医療行為を実施した件数ではなく、 医療現場における治療・手術等の 支援経験を示しています。 本記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、 個別の診断・治療を行うものではありません。
発行元:株式会社増富
株式会社増富は1972年設立の医療機器関連企業です。 医療機器事業、 感染症対策事業、 ヘルスケア事業、 スポーツ事業、 SDGs事業を展開しています。
参考文献・最新ガイドライン
-
Praz F, Borger MA, et al.
2025 ESC/EACTS Guidelines for the management of valvular heart disease.
European Heart Journal. 2025;46(44):4635-4736.
DOI: 10.1093/eurheartj/ehaf194
ガイドラインを確認する -
Généreux P, et al.
Transcatheter Aortic-Valve Replacement for Asymptomatic Severe Aortic Stenosis.
New England Journal of Medicine.
DOI: 10.1056/NEJMoa2405880
論文を確認する -
エドワーズライフサイエンス
エドワーズ サピエン3 無症候性重症大動脈弁狭窄症への 追加適応承認に関する発表。
2026年6月。
公式発表を確認する -
Leon MB, et al.
Transcatheter or Surgical Aortic-Valve Replacement in Low-Risk Patients at 7 Years.
New England Journal of Medicine. 2026.
DOI: 10.1056/NEJMoa2509766
論文を確認する -
日本循環器学会
2020年改訂版 弁膜症治療のガイドライン。
ガイドラインを確認する
AS(大動脈弁狭窄症)
ASはAortic Stenosisの略です。 大動脈弁が狭くなると、 左心室は狭い出口から血液を送り出すため、 より強い力を必要とします。
無症候性
大動脈弁狭窄症では、 日常生活の活動量を減らしているために 息切れなどを自覚していない場合があります。
ESC / EACTS
ESCはEuropean Society of Cardiology、 EACTSはEuropean Association for Cardio-Thoracic Surgeryの略です。 多数の臨床研究を評価し、 弁膜症の診断・治療に関するガイドラインを作成しています。
Vmax
心エコーで測定します。 弁が狭くなるほど、 狭い部分を血液が高速で通過する傾向があります。
平均圧較差
大動脈弁が狭いほど、 左心室は強い圧力で血液を送り出す必要があります。 心エコーからその圧力差を推定します。
大動脈弁口面積
弁口面積が小さいほど、 大動脈弁が強く狭くなっていることを示す材料になります。
LVEF(左室駆出率)
LVEFはLeft Ventricular Ejection Fractionの略です。 心臓のポンプ機能を評価する代表的な指標です。
BNP / NT-proBNP
心不全や心臓への負荷を評価するために使われます。 ASでも症状や心エコーと組み合わせて評価します。
運動負荷試験
普段は「無症状」と感じている人でも、 運動すると息切れや血圧低下が明らかになる場合があります。
TAVI / TAVR
TAVIはTranscatheter Aortic Valve Implantation、 TAVRはTranscatheter Aortic Valve Replacementの略で、 基本的に同じ治療を指します。
SAVR
SAVRはSurgical Aortic Valve Replacementの略です。
Heart Team(ハートチーム)
TAVIとSAVRのどちらが適するか、 今治療するべきかなどを 複数の専門分野から検討します。
Low-flow, Low-gradient AS
通常の心エコー数値だけでは 重症度判断が難しいタイプです。
大動脈弁石灰化スコア
心エコーだけで重症度を判断しにくい場合に、 重症ASかどうかを確認する材料となります。
二尖弁
比較的若い年齢から ASが進行することがあります。
フレイル
同じ年齢でも、 筋力、歩行能力、栄養状態、日常生活能力などは異なります。 TAVIやSAVRのリスク評価でも重要です。
Valve-in-Valve
再び開胸する代わりに、 カテーテルで新しい弁を入れられる場合があります。
Lifetime Management
特に若い患者さんでは、 最初にTAVIかSAVRのどちらを選ぶかによって 将来の治療選択肢が変わる可能性があります。
EARLY TAVR試験
症状が明確になる前にTAVIを行うことで どのような結果になるかが検討されました。
HR(ハザード比)
一般にHRが1より小さい場合、 比較対象よりイベント発生が少ない方向を示します。
