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肺塞栓症(PE)

静脈系疾患

肺塞栓症(PE)の概要

肺塞栓症(Pulmonary embolism:PE)は、肺の血管を塞ぐ血栓(血液の塊)が原因で起こります。肺塞栓により血流が妨げられることで肺組織への酸素供給が低下するため、生命を脅かす可能性があります。特に重症例の急性肺動脈血栓塞栓症は死亡に至ることもあり、三大致死的循環器系疾患の1つといわれています。

肺塞栓症(PE)の基本

肺塞栓症は、一般的に深部静脈血栓症(DVT)から発生する血栓が肺に達し、肺動脈またはその分枝を塞ぐことによって起こります。この病態は、肺への血流が部分的または完全に遮断されるため、重大な呼吸困難や心臓の負担増大を引き起こし、重症の場合は死に至ります。

原因とリスク要因

肺塞栓症の発生には複数の原因とリスク要因が関与しています。これらを理解することは、疾患の予防と早期診断に不可欠です。

深部静脈血栓症(DVT)との関連

  • 定義: DVTは、主に下肢の深部静脈に形成される血栓です。この血栓が脱落し、血流に乗って肺に達した場合、肺塞栓症を引き起こします。
  • リスク要因: 長時間の座位、手術後の安静、遺伝的要因、妊娠、避妊薬の使用などがあります。

遺伝的要因

  • 特定の遺伝子変異: 第II因子プロトロンビン遺伝子変異や第V因子Leiden変異などが血栓形成のリスクを高めます。
  • 家族歴: 家族にDVTや肺塞栓症の既往がある場合、リスクが高まります。

生活習慣とリスク要因

  • 喫煙: 喫煙は血栓形成を促進し、肺塞栓症のリスクを高めます。
  • 肥満: 過体重や肥満は血栓のリスクを高めると共に、心臓への負担も増加させます。
  • 運動不足: 定期的な身体活動の不足は、血液の循環を悪化させ、DVTのリスクを高めます。

肺塞栓症(PE)の症状

肺塞栓症の症状は多岐にわたり、時には非特異的であるため、診断を複雑にすることがあります。以下は代表的な症状です。。

  • 急激な呼吸困難
  • 胸痛(特に深呼吸時)
  • 咳(血痰を伴うことも)
  • 同時発生する下肢の腫れや痛み(深部静脈血栓症の徴候)

心疾患と肺塞栓症(PE)の関連性

心疾患は、血栓が形成されやすい環境を作り出すことがあり、これが肺塞栓症(PE)の重要なリスク因子となることがあります。特に、心房細動や心不全のような特定の心疾患は、血栓形成のリスクを顕著に高め、結果として肺塞栓症を引き起こす可能性があります。

心疾患が肺塞栓症のリスクを高めるメカニズム

心疾患は、血流動態の変化、心房のリズムの乱れ、心臓のポンプ機能の低下を引き起こすことがあり、これらの変化は血栓形成を促進します。特に、心房細動と心不全は、血液が正常に流れず、血栓が形成されやすい状況を作り出します。

心房細動と血栓形成

  • 心房細動とは: 心房細動は、心臓の上室である心房が不規則に収縮する状態を指します。これにより、血液が心房内で滞留しやすくなり、血液が固まりやすい環境が生じます。
  • 血栓形成への影響: 心房内で血液が滞留すると、血栓が形成されやすくなります。これらの血栓が心房から離れ、肺動脈に達すると、肺塞栓症を引き起こす可能性があります。

右心室の負担増加

  • メカニズム: 肺塞栓症による肺動脈の閉塞は、肺への血流が減少し、その結果、右心室が血液を肺に送るためにより多くの力を使わなければならなくなります。これは右心室の圧力と負担を増加させ、右心室不全を引き起こす可能性があります。
  • 影響: 右心室の過負荷は、心臓のポンプ機能の低下、体への血液供給の減少、そして最終的には心不全のリスクを高める可能性があります。

急性冠症候群との関係

  • メカニズム: 右心室の過負荷とそれに伴う心臓の酸素需要の増加は、心筋への酸素供給と需要のバランスを崩し、急性冠症候群(ACS)を引き起こす可能性があります。特に、肺塞栓症は冠動脈への血流を減少させ、心筋梗塞を引き起こす可能性があります。
  • 影響: ACSは、生命を脅かす重大な心臓発作による症状を引き起こす可能性がある重篤な状態です。

肺塞栓症(PE)の診断

肺塞栓症の診断は、病歴、臨床所見、そして検査に基づいて診断が行われます。正確な診断は、迅速な治療開始と患者の予後改善のために不可欠です。

初期評価

診察

物理的診察では、心拍数の増加、低酸素血症、胸部聴診時の異常音、下肢の腫れや発赤など、肺塞栓症の可能性を示唆する徴候を評価します。

検査

血液検査

血液検査は、肺塞栓症について診断する上で重要な指標となります。その中でもD-ダイマーなど特定のバイオマーカーがその指標となるので数値を把握することは重要です。

D-ダイマー

血液検査は、特にD-ダイマー検査を通じて、血栓の形成を示唆するマーカーを評価します。D-ダイマー検査は、血栓形成とその後の分解の産物を測定します。高値は血栓の存在を示唆しますが、特異性が低いため、他の診断方法と組み合わせて使用されます。

トロポニン

トロポニンは、 心筋損傷のマーカーであり、肺塞栓症(PE)による心臓のストレスや損傷を示すことがあります。

BNP またはNT-proBNP

脳性ナトリウム利尿ペプチド (BNP) またはNT-proBNPは、心不全を示し、特に肺塞栓症(PE)に関連して右室機能不全の評価に役立ちます。

画像検査

胸部X線

胸部X線は、他の胸部疾患(肺炎や肺の崩壊など)を除外するために行われますが、肺塞栓症を直接診断するものではありません。

CT肺血管造影

CT肺血管造影(CTPA)は、肺の血管内の血栓を直接視覚化し、肺塞栓症の診断に最もよく使用される画像検査です。

超音波検査

下肢の深部静脈血栓症(DVT)の存在を調べるために、超音波検査が行われることがあります。DVTの存在は、肺塞栓症の重要なリスク因子となります。

診断基準

肺塞栓症の診断基準には、上記の臨床評価、画像検査の結果や血液検査の結果が含まれます。最終的な診断は、これら検査の総合的な評価に基づいて行われます。

治療法

肺塞栓症の治療は、血栓を除去または溶解し、新たな血栓の形成を防ぐことを目的としています。治療方法は、患者の状態、症状の重さ、および出血リスクなどの要因によって異なります。

抗凝固療法

抗凝固療法は、肺塞栓症の初期治療として最も一般的に使用される方法です。この治療法は、血栓がさらに大きくなるのを防ぎ、新たな血栓の形成を抑制することを目的としています。

  • 低分子量ヘパリン(LMWH): LMWHは、入院患者および外来患者の両方で広く使用されています。投与は皮下注射で行われます。
  • 直接経口抗凝固薬(DOACs): ワルファリンに代わる選択肢として登場したDOACsは、用量調整の必要が少なく、食事の影響を受けにくいという利点があります。

血栓溶解療法

血栓溶解療法は、重症または生命を脅かす肺塞栓症の患者に対して行われることがあります。この治療は、血栓を迅速に溶解させることを目的としています。

  • 適応: 急性の右心室機能障害を伴う患者や、血圧低下が見られる患者が対象です。
  • リスク: 出血リスクが高いため、患者選択には慎重な評価が必要です。

肺塞栓症(PE)の長期治療と管理

抗凝固薬の選択

長期治療においては、患者の状態、出血リスク、および生活習慣を考慮して、最適な抗凝固薬を選択します。

  • 維持療法: DOACsは、長期維持療法において、管理が容易で安全性の高い選択肢とされています。
  • 治療期間: 患者のリスク要因に応じて、治療期間は個別に決定されます。

生活習慣の調整

生活習慣の調整は、肺塞栓症のリスクを減少させ、全体的な健康状態を改善するために重要です。

  • 運動: 定期的な運動は、血液循環を促進し、血栓のリスクを減少させます。
  • 食事: 健康的な食事は、体重を管理し、心血管疾患のリスクを低減します。
  • 禁煙: 喫煙は血栓のリスクを高めるため、禁煙は非常に重要です。

肺塞栓症(PE)の合併症とその対応

肺塞栓症は即時治療を行わない場合、長期的な健康問題につながる可能性があります。以下では、肺塞栓症の潜在的な長期合併症とその対応策について詳細に説明します。

長期合併症

慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)

  • 定義: CTEPHは、肺塞栓症後に発展する可能性がある一種の肺高血圧症です。血栓が肺の血管に永続的に固着し、血流が妨げられ、時間とともに肺動脈の圧力が上昇することで発症します。
  • 症状: 呼吸困難、疲労感、胸痛、心拍数の増加などがあります。
  • 治療: 抗凝固療法、肺血管拡張薬、場合によっては肺動脈内バルーン血管形成術や血栓除去術が考慮されます。

対応策

  • 心理的サポート: 肺塞栓症の経験は、患者に不安やうつ病を引き起こす可能性があります。心理的サポートやカウンセリングが重要です。
  • 運動療法: 恒久的な呼吸障害や疲労感により、日常活動や運動能力が制限されることがあります。リハビリテーションや適切な運動計画が効果的です。
  • 生活の質の改善: 患者教育、定期的なフォローアップ、生活習慣の改善が生活の質を向上させるために推奨されます。

重大な合併症

肺塞栓症の最も重大な緊急合併症の一つは急性右心不全です。これは、血栓が肺動脈を塞ぎ、右心室が正常に機能できなくなる状態を指します。

急性右心不全

急性右心不全は、肺塞栓症の患者において命に関わる緊急事態となる可能性があり、右心室が肺への血液のポンプアウトに必要な圧力を維持できなくなることによって生じます。

  • 原因: 急性右心不全の主な原因は、肺塞栓症による肺動脈の急激な閉塞です。これにより、右心室は過剰な圧力の下で働くことを強いられ、機能不全に陥ります。
  • 症状: 症状には、極度の呼吸困難、胸痛、失神、またはショックの徴候が含まれます。重症の場合、心臓のポンプ機能が大きく低下し、生命を脅かす可能性があります。
  • 診断: 診断には、心電図(ECG)、心エコー、CTなどの検査が用いられます。これらの検査は、右心室のサイズ、機能、および肺動脈内の血栓の存在を評価するのに役立ちます。
  • 治療: 急性右心不全の治療は、緊急性が高く、患者の状態を迅速に安定させることが目的です。治療には、酸素療法、血栓溶解療法、抗凝固療法、場合によっては外科手術が行われます。血液の流れを改善し、右心室の負担を軽減することが最も重要な治療になります。

急性右心不全は、肺塞栓症の合併症の中でも特に重篤であり、迅速かつ効果的な治療が必要です。この状態は、患者の生存率に直接影響を及ぼすため、肺塞栓症の疑いがある場合は、即時に医療機関での評価と治療を受けることが重要です。

肺塞栓症の予防とリスク管理

急性肺塞栓症は深刻な状態であり、適切な予防措置とリスク管理を通じてその発生リスクを減少させることが必要です。以下に、肺塞栓症の予防とリスク管理について詳しく説明していきます。

予防策

肺塞栓症の予防

肺塞栓症やその原因となる深部静脈血栓症(DVT)の予防には、主に以下の方法があります。

  • 手術後の患者: 特に、整形外科手術やがん手術を受けた患者は、血栓形成のリスクが高いため、術後は状態に合わせて「フットポンプ、弾性ストッキング着用、早期離床、抗凝固療法」などが行われます。
  • 長期間の不動: 長距離の飛行や長期間のベッド上での回復期間など、長時間不動の状態にある人は、DVTおよび肺塞栓症のリスクを高めます。予防的に弾性ストッキング着用などが有効です。
  • 遺伝的傾向がある患者: 血栓症の家族歴がある患者は、遺伝的要因によりリスクが高まる可能性があります。これらの患者には、状況に応じて予防的な抗凝固療法が推奨されることがあります。

リスク要因の管理

肺塞栓症のリスクを減少させるためには、以下のリスク要因の管理が重要です。

  • 運動不足の改善: 定期的な運動は血流を改善し、血栓のリスクを減少させます。長時間座っている場合は、定期的に立ち上がり、歩き回ることが推奨されます。
  • 健康的な体重の維持: 過体重や肥満はDVTおよび肺塞栓症のリスクを高めます。バランスの取れた食事と定期的な運動により健康的な体重を維持することが重要です。
  • 禁煙: 喫煙は血液の凝固傾向を高め、肺塞栓症のリスクを増加させます。
  • 水分補給: 十分な水分摂取は、血液が適切な粘度を保つのに役立ちます。特に暑い天候や運動時には、充分な水分補給を行い脱水を予防する必要があります。

入院~退院後の流れと、リハビリについて

心臓手術を受ける患者の入院から退院後に至るまでのプロセスと、心臓リハビリテーションについては以下のリンクをご参照ください。
入院中のケアから、退院後の生活への適応、そして心臓リハビリテーションを通じての健康回復と生活質の向上に至るまで、ご紹介しています。

よくある質問

こちらのコラムの内容の要点を「よくある質問」からまとめています。

肺塞栓症とは何ですか?

肺塞栓症(PE)は、肺の血管を塞ぐ血栓(血液の塊)が原因で起こり、肺組織への酸素供給が低下する生命を脅かす可能性のある疾患です。

肺塞栓症の一般的な原因は何ですか?

一般的に、肺塞栓症は深部静脈血栓症(DVT)から発生する血栓が肺に達し、肺動脈またはその分枝を塞ぐことによって起こります。

肺塞栓症のリスク要因にはどのようなものがありますか?

リスク要因には長時間の座位、手術後の安静、遺伝的要因、妊娠、避妊薬の使用、喫煙、肥満、運動不足などがあります。

肺塞栓症の治療方法にはどのようなものがありますか?

治療方法には抗凝固療法(低分子量ヘパリンや直接経口抗凝固薬)、血栓溶解療法などがあり、状態やリスクに応じて治療法が選択されます。

肺塞栓症を予防するにはどうすればよいですか?

予防には手術後の早期離床、弾性ストッキングの着用、適切な抗凝固療法、定期的な運動、健康的な体重の維持、禁煙、十分な水分補給などが有効です。

関連コラム

【参考文献】

・一般社団法人日本静脈学会
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
https://js-phlebology.jp/wp/wp-content/uploads/2020/08/JCS2017.pdf

心疾患情報執筆者

心疾患情報執筆者

増田 将

株式会社増富 常務取締役

プロフィール

医療現場支援歴:10年
《主な業務歴》
・医療現場支援歴:10年
・循環器内科カテーテル治療支援:3,000症例
・心臓血管外科弁膜症手術支援 :700症例
・ステントグラフト内挿術支援 :600症例

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